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キングオブ深夜バスと途中下車の旅

壮大な導入

例えば仕事を終えてタイムカードを切った瞬間、もつ鍋が食べたくなることはよくあることだ。

90年代と比べて20年代は便利になったもので、スマートフォン、中国語で言うところの『手机』で、簡単にどんなことでも調べることができる。

もつ鍋の店といえば、福岡訪問時には外したことのない「おおやま」、最近テレビで話題らしい「前田屋」などなど、枚挙に暇がないわけだが、しかし総じて福岡県--そう、博多に店はあるわけだ。(東京店? ちょっとよくわからないな)

電車で家に帰りながら新幹線と飛行機を調べるが、当然すでに交通手段はない。

いや、待てよ?

ふと思い起こされるおよそ30年前の記憶。

キングオブ深夜バス、「はかた号」があるではないか。

東京を21時に出発し、翌朝11時に福岡県は博多に到着する、知る人ぞ知る伝説の深夜バスだ。

自宅に着き、すぐに用意を済ませ、家を出た。

ところで、福岡にいる八百屋に「今から食事にいく」と連絡した。

「飲みにでも行くのか」、という返事。

まさか翌朝、東京からの珍客が目の前に現れるとは夢にも思うまい。

キングとの出会い

人はバスタ新宿の存在は知っていても、意外とバスタ新宿を使ったことがない。

甲州街道沿い、バスタ新宿に乗り込むと、早速券売機へ。事前に楽天トラベルで空席を確認していたのだが、発車1時間を切ったところで恐らく予約締切に引っかかり、楽天トラベル経由での購入ができなくなってしまったのだ。

あるぞ、西鉄バス、はかた号。

だが、金額が違う。先程インターネットで見ていたときは、17,000円だったわけだが、券売機はきっかり20,000円を要求してくる。これはあれだな、近頃流行りのネット予約が安いやつだな。

仕方ないのでいままで縁もゆかりもなかったWILLER経由で席を購入。こちらも料金は17,000円だ。申し訳程度に貯めている楽天ポイントを損したことは言うまでもない。

さて、ネットで乗車券(という形容が合っているのかは知らない)を購入してしまえば、あとはバスの到着と出発を待つばかりである。事前の情報で、休憩が2回しかないことは織り込み済みなので、バスタ新宿の売店で、かんたんな食事と飲み物を用意することとする。

とはいえ深夜バスでそんなに豪華な飲食は(しようと思わない限り)できないので、inゼリーとペットボトルの麦茶を購入。はかた号は3列独立シートと聞いているので心配はしていないが、同時に寝台列車のような快適さがあるわけでもないだろう。寝台列車乗ったことないけど。

買い物を済ませ、バスタ新宿のロビーで油を売っていると、バス到着のアナウンスが流れる。ロビーの一番奥、指定された乗り場に向かうと、そこには堂々と停車するキングの姿が。

バスの乗り口には乗務員が待つ。予約を告げるわけだが、乗務員の手元の乗客リストにこちらの名前はない。

なぜか。

それは私がつい今しがた予約をしたからである。そのことを告げ、予約受付メールに記載されていた、乗車予定の座席を伝える。もちろん彼がそのリストを用意したとき、その席は空席だったわけで、彼は手書きで空席に私の予約を書き込んだ。

さて、夕食にもつ鍋を食べるために出かけてきた私は、リュックひとつが荷物だ。そのままバスに乗車する。中央例のB列が割り当てられた座席だ。

3列独立シートの場合、運行方向を向いて左がA列、中央がB、右の窓側がC列であることが多いと勝手に思っているが、もしも席が選べるのであれば、おすすめは断然C列だ。A-B列間、B-C列間それぞれ通路があるが、通路の広さが全く異なる。より厳密に言うと、A-B列間通路は狭いが、B-C列間通路は広い。

夜行バスで最もストレスがかかるのは、プライベート空間が制限されるということだ。通路という物理的距離を取れることは大きなメリットになるから、可能であればC列を取ることにしている。単純に休憩時の移動もしやすいし。

出発時間になり、エアブレーキがあくびをする。

博多への、14時間の旅の始まりだ。

いざ、博多へ

14時間強という圧倒的な移動時間。21時に出発したバスは、11時すぎに博多に到着することになる。バスは150%遅れるものと考えるべきだから、実際に到着するのは昼時の12時ごろだろう。

休憩は静岡と佐波川の2回で、これはそれぞれ消灯と起床を兼ねている。

1人ひとつずつ、紙パックのお茶と、蒸気でホットアイマスクが配られていた。今から眠るというところでカフェインを摂取する道理はない。地図を確認してみると、まだまだ走るは一般道。消灯は静岡だから、ホットアイマスクもそのあとがいいだろう。

23時30分。バスは静岡PAに到着した。

2回しかない貴重な休憩だ。トイレは車内にあるし、飲食物もしっかり仕入れてあるが、軽い運動ができる、数少ないチャンスだ。しっかりと下車して休憩をとる。

15分強の時間があったので、少しパーキングを散策する。コンビニで陳列物を眺めていると、ヤクルト1000が目についた。これからの安眠のため、おひとついただくことにした。

時間ぎりぎりまでバスの前で体を動かしてから、えいやと再びバスに乗り込む。運転手が2名体制で車内の人数を数えると、手作業で、仕切りカーテンが下ろされる。カーテンは各座席を取り囲むように仕切り、簡易個室が出来上がった。

消灯。

スマホはもちろん、パソコンも持ち込んではいたが、いくらカーテンで仕切られているとはいえ、暗い車内で光と音は目立つ。充電用のコンセントがあるので、充電をしつつ、眠ることにした。

なかなかつかない博多

つい、うとうとしていた。

バックライトを最小にしてスマホを見ると、時刻はまだまだ3時過ぎ。目を覚ますには、まだまだ早い。

また少し眠ったか。スマホがないと思いきや、前の座席背面に付いている、網ポケットの網を潜り抜けて、車の揺れでぶらぶらとしていた。

決して座席が不快ということはない。それでも、30分間隔で目が覚めた。

岡山、広島、広島、まだ広島、山口に入った、まだ山口。

時刻は8時ごろか。ようやく朝の休憩場所、佐波川に停車した。

佐波川……面白いやつ。パーキングの施設の端に、小さな吉野家があった。これは面白い。時間があれば寄るのも悪くないが、残念ながら時間がない。もしまた来ることがあれば、ここで食事も悪くない。

バスに戻ると、仕切りのカーテンが戻される。夜行から昼行形態に切り替えだ。とはいえ目的地はまだまだ先だ。座席に身を任せながら、イヤホンを充電する。

しばし、エンジンの音だけが旅の共だった。

この日は近畿で高速道路が通行止めになった影響もあり、結局バスは、30分ほどの遅れで小倉に到着した。

おそらく小倉に迎えを頼んでいると思しきご老婆が、電話を相手に、まだ小倉には着いていないと説明を繰り返しているのが印象的だった。

小倉……来てしまった。福岡に。

つい先程まで、東京にいたと思いきや、気付けば今は九州にいる。

日本は狭いと思いつつも、膨らんでいく遅延時間を見て、やはり日本は広いのだと思った。

ゆっくりと、降車準備をする。目的地まで、1時間を切った。

天神バスターミナルともつ鍋

下車。

四肢が動く。自分が人なんだということを、少しずつ思い出す。

ここが福岡か。

旅行はそれなりに嗜んでいるが、JALやJR東の謀略計らいによって、比較的郊外を訪れることが多い。大都市、博多というのはなかなか珍しい訪問先だ。

ビルが多い感もあるが、東京のそれと違って、不快な圧迫感もない。感覚としては名古屋に近いかもしれない。街は人で溢れていて、アジア系の外国人観光客らしき人々、そして複数人で徒党を組んだ女性たちが目につく。友達同士らしきグループや、母娘での散策など、ららぽーとでよく見る組み合わせだ。

まずはおおやまのもつ鍋ランチをいただこうと、近場の店舗を調べる。どうやらこの天神駅の真横、パルコの地下に店舗があるようだ。時間は12時を少し回ったところ。まずはパルコの地下に向かった。

さあ、おおやまはどこにあるんだ。

パルコ本館地下1階。それはここだ。

おおやま福岡パルコ店。それがない。

なぜだ。看板に偽りありどころか看板の存在がない。

別館も少し見てみるが、店の案内は確かに本館側にある。だが、目の前にあるのは長蛇の列のラーメン屋だ。

が、少し見てみると、どうやら向こうに道がある。同じ階に、こことは別のフロアがあるようだ。向こうを覗いてみるとーーあった! おおやまだ!

旅に予定は無用の長物

しかしである。

ちんたら店を探していたせいか、既に店には列ができていた。

半日以上バスに揺られ、空腹は限界だ。もつ鍋は夕に回し、昼は適当にお茶を濁すことにしよう。

「ということでりんごをください」

「何してるんですか、あなたは」

随分とご挨拶な八百屋である。私はただ、仕事後にもつ鍋が食べたくなったから、もつ鍋を食べにきただけである。八百屋はりんごを小間切れにしながら言った。

確かにもつ鍋を食べにきて、りんごを食べざるを得なくなっていることについては、何をしているか疑問を挟む余地はあるが、間食か夕食にはしっかりもつ鍋をいただくつもりである。問題はないだろう。

「いつまでいるんです? 福岡に」

「もつ鍋食べたら帰るよ」

なんだその顔は。外食を済ませたら家に帰るのは当たり前だろう。八百屋は適当なカップに切ったりんごを入れ、その辺にあった竹串を突き刺すと、それをこちらによこした。これが昨晩分の夕食兼今日の朝食兼昼食である。

「どうせなら夜食べに行きましょうよ」

「いいけど夜行バスで帰るよ」

「何時のバスなんです」

「わからない。来たやつ」

もちろん帰りのバスなど予約していない。食事をするのであれば、終わったときに乗れるもので帰るまでだ。

我々はそこで一度別れ、数時間後に別の街で落ち合うことにした。食事のりんごはカップに入っていたから、食べ歩くことは容易だった。

福岡の昼は、照りつける暑さだった。りんごはすぐに胃袋に収まり、初夏という名の真夏日の中、すぐに手持ち無沙汰になった。

仕方がないので近場にあったスターバックスで時間を潰すことにした。掠れた文字でYOKOHAMAと書かれたプラスチックカードは、会計時にしばしば話題になる。何か言われるかと思いきや、会計はそつなく終わった。休憩中のバリスタ以外誰も座りたがらないカウンター席では、シフトを終えたバリスタたちが、産休の日取りについて話し込んでいた。

さて、待ち合わせたはいいものの、困ったことになったこともまた事実だった。

帰りのバスが、ないのだ。

目をつけていたのは、大阪に向かう深夜バス。大阪でバスを乗り継いで東京に戻ることで、はかた号よりも安く帰ることができるはずだったのだ。

しかし、呑気に博多を散歩しながらりんご食ってる間に、どうやら席が売り切れてしまったらしい。

今日は土曜日である。そして、今夜は食事の約束をしてしまったから、前倒しで帰宅することはできない。というかそもそも、本懐のもつ鍋をまだ食べていない。食事を終えたとて、夜行バスがなければ帰る手段はない。東京行きのはかた号は、夕方には博多を出てしまうからだ。

明日は日曜日である。つまり、明後日は月曜日で、職場に行かなければならない。それ即ち、明日の夜行バスで帰ることはできないということになる。九州を脱出する昼行バスでも、東京方面に向かうものはない。となると、残る選択肢は飛行機か鉄道だ。

それはそれでいいとして、私は今夜、博多に泊まらなければならなくなったということは、間違いのない事実のようだった。

旅行をするなら効率的に

やはり温泉はいい。

諦めて宿を取ったさきに、たまたま温泉があったというやつだ。もう、本日中の帰京は断念した。旅行で最も大切なのは、実行、諦め、それぞれの決断力だ。

ところでもつ鍋はうまかった。八百屋の紹介で、地元の小さな店に入った。店主が横浜にゆかりがあるということで、山手トークに花が咲いた。支払いは現金のみだったので、会計には2000円札を混ぜておいた。

湯に浸かりながら考える。明日の帰りについてだ。

博多から東京までは1000キロ以上の距離がある。これだけの長距離移動、ただ新幹線の座席に座って過ごすだけというのはいささか面白みに欠ける。

食事だけのはずが、小旅行となってしまったわけだ。せっかくならば、もう少し堪能できないものかと考えながら、しばし湯煙旅情に浸った。

「今日名古屋行くんですけど飯でもどうです」

ホテルの朝食を食べながら、名古屋の知人に連絡を取る。概ね方針は定まった。今夜は名古屋で食事をとる。

計画はこうだ。

まず、暇そうな八百屋を呼びつけ、博多駅でおおやまのランチを今度こそ堪能する。

博多駅から新幹線に乗車するが、ここで一つ細工をする。

山陽新幹線、東海道新幹線経由で横浜行きの乗車券を購入し、自由席特急券を、博多ー名古屋、名古屋ー新横浜と分割して購入する。

そう、ぶらり途中下車の旅というわけだ。

説明しよう。一般的に切符というものは、目的地までの金額を払って改札を通り、途中の駅で降りる場合は、また新たに切符を購入しなければならない。いわゆる、下車前途無効というやつだ。

だが、JRの場合、この文言を切符から消す手段がある。つまり、一枚の切符で途中下車を繰り返すことができるようにする手段だ。

それが、101営業キロ以上の切符を購入すること。つまり、100キロよりも遠いところにある駅に行く場合、途中で寄り道をすることができるようになるのだ。仕事で新幹線によく乗る諸兄でも、このことは意外と知らないかもしれない。

もっと言えば、距離に応じて切符の有効期間も伸びるので、条件次第では、1枚の切符で、1週間の片道旅なんてこともできてしまう。

しかし、明日は仕事である。今日中に東京へ戻らなければならない身なので、流石に旅程は今日1日限りだ。

「ごめん、今日は予定がある」

無事、名古屋の知人には振られてしまったわけだったが、構うまい。名古屋で久しぶりにひつまぶしを食べてから帰ることにしよう。

午前中は暇だという八百屋を呼びつけ、昨晩急いで洗濯した、昨日と同じ服を着て、今度は博多のKITTEの中にあるおおやまでもつ鍋を食べる。

なお、2人ともしっかり朝食を食べてしまっていたがために、軽いフードファイトとなってしまったことはまた別の話である。

博多駅のみどりの券売機で、目論見通りの切符を無事に購入することができた。やはり自分での発券は、できるとはいえ不安が残る。みどりの窓口相当の切符は金額も大きくなるから、買い間違えた時のリスクがあまりにも大きいのだ。みどりの窓口削減については再考を促したいところである。株主にでもなろうか。

さあ今度は陸の王者、慶應新幹線での復路である。

若き血に燃ゆるもの

渡辺憩の大学初打席代打サヨナラホームランには痺れたわけだが、心打たれたのはなにもそれだけではない。

10点差逆転、サヨナラ打、新幹線タッチアップ、蠱惑的二遊間、あとひつまぶし。

名古屋に用事があるときは必ずと言っていいほど訪問するのが、あつた蓬莱軒だ。

食に興味を持たないように育て上げられた小生であるが、そんな小生が自ら食し、人の心を取り戻すきっかけとなった、思い出深い店、そして食べ物が、あつた蓬莱軒のひつまぶしなのである。

そんな所縁もあり、基本は初めて訪れた店舗である伝馬町にある本店を尋ねるのだが、今回は時間がない。さっさと家に帰るという目的があるからだ。

名古屋で新幹線を降り、名古屋までの特急券とはお別れになる。途中下車と刻まれた乗車券と、名古屋から新横浜までの残りの特急券を自動改札機から受け取り、地下鉄へと乗り換える。

矢場町の松坂屋に、あつたがあるという。地上出口すぐのところに松坂屋はあって、いつの間にか降り始めていた雨に湿らされながら、松坂屋に入った。

エレベーターで店舗のある階まで上がると、そこにあるのは矢場とんと、あつた蓬莱軒の2つだけだった。実は矢場とんも未履修なので、あつたに入ることができなければ、矢場とんに入ることにしよう。

店の前には、かなりの人々が自らの順番を待っていた。店舗の入り口に順番を管理している従業員がおり、1人で物寂しくうなぎを食べにきたことを暗に伝える。順番に通す旨伝えられ、近くにあった座席で順番を待った。

かなりの人が待っていたのだ。

すぐに呼ばれるとは微塵も思っていなかったが、すぐに呼ばれた。百貨店のレストラン型店舗だけあって、カウンター席があったのだ。他の待ち客は皆グループだったようで、ごぼう抜きでの入店ができたということらしい。

日本酒と骨せんべい、そしてひつまぶしを注文する。

まずやってきたのは日本酒。さすがに冷である。すぐに骨せんべいが提供される。

骨せんべいを塩につけ、日本酒と一緒にいただーーあ、ひつまぶしがきた。はい。こちらに。

食前にゆっくりお酒を楽しもうと思いきや、もうひつまぶしが来てしまいまった。言うまでもなく、うなぎは熱いうちに食べないと骨が出てしまうので、しっぽり飲酒ののちということにはいかなくなってしまった。あべこべだが仕方ない。

お櫃を開けて、しゃもじで十字にひつまぶしを4等分する。5等分にはしないように。最初の1杯はそのまま。2杯目は薬味と共に。3杯目は出汁茶漬け風に。そして最後の1杯はお好みで。これがひつまぶしを食べる一つの流儀だ。

どれくらいうまいかと問われれば、とてもうまいとしか形容のしょうがない。地元ではそこまで人気ではないという言説も耳にしたことはあるが、少なくとも私のおすすめのひとつであることは間違いない。

最後にあべこべになった骨せんべいと冷酒をいただいてから、会計をして店を出た。

軽薄な結び

再び名古屋駅から新幹線に乗車。もう書くことはない。家に着くだけだ。

もつ鍋を食べるためだけに福岡に行き、帰りにひつまぶしを食べて帰ってくる。今回もしっかり、限界旅行を達成した。

さて、次はどこに行こうか。

旅の終わりには、旅の始まりがつきものというものである。

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