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頼んでいないホットチョコレート

ホワイトホットチョコレートを頼んだ記憶はなかった。

けれども私は確かに一番先頭に並んでいて、ホワイトホットチョコレートがカウンターに出された。

作った張本人である馴染みのバリスタと二人で首を傾げることができたのは、彼が、私がいつも決まって別の飲み物を頼むことを知っていたからだった。

レシートを見てみると、確かにホワイトホットチョコレートを頼んでいた。

今日こうして目の当たりにするまで、聞いたこともなかったビバレッジだったから、大方レジの打ち間違えだと思った。

たまには違う飲み物を飲むのも悪くないと思ったから、それをそのまま受け取った。

彼は気を遣って、無料のキャラメルソースをカスタムしてくれた。

いつもと違う味で、一息つく。

この飲み物が、メニューに載っていない裏メニューであることを知ったのは、カップの中身が半分になったときだった。

『誰にも知られないものを、偶然発見する』

もしこの世界にtetrarchiaという動詞を生み出せるのだとしたら、これほど辞書の例文に載せたくなる出来事はないと思った。

そして私がそういう思慮に至ったのは、この一年の活動が生んだ、小さな結果だと思った。

話は2月に遡る。テトラルキアというものを始めるとき、私は大きな岐路に立っていたわけである。

転職。

それも、周到に練られた計画ではなく、偶然が重なった、玉突き事故のような退職及び新たな職探しだった。

その中で思い付いた一つの光明が『起業』だったわけだが、大きな資金を動かせる信用力もなく、その計画は完全に頓挫していた。

その大志の死骸から生まれた小さな芽が、tetrarchiaであった。

とはいえ当時は媒体の名前が決まっていたわけでもなく、全てが未知数。

結局のところ行きついたのが、『手当たり次第に記事を載せる』という、極めて場当たり的な、経営戦略のかけらもない運営方針だった。

そこで幾人かの有志に声を掛け、まずは小さな集落を築くところから、本サイトという壮大な試みは始まった。

人は人を呼び、小さな人垣を築くことには成功したと自負しているが、さらに大きな集合体、村落、延いては広大な帝国を築くには、まだまだというのが現状であろう。

今年できたこと。できなかったこと。

様々な思いが渦巻く。これは公私に限った話ではない。

師走、仕事納め。勤務先で行われていた納会もたけなわというところ、役員が密かに私を呼び出した。宴の席で話せないことなど、もちろん碌な話ではない。

上司が辞めることが、今日決まったという話だった。

そして最終出社日は、同じく今日。

冗談ではなかった。私は急いでオフィスに戻り、上司の姿を探した。

席は、既にもぬけの殻であった。片時も手放さなかったという社用携帯とノートパソコンは、机の真ん中に丁寧にまとめられ、予定表には、向こう暫くの有給休暇が記載されていた。

見ると、その上司から電話が入っていた。それは一時間ほど前の話で、私はそれに気付かなかったようだった。不在着信という四文字が、呪詛のように画面に張り付いて離れない。

電話が来ていた時間はとうに終業時刻を過ぎていて、それは間違いなく、暇乞いの連絡だった。聞くと、別の同僚には、一切連絡は来ていなかった。

私は上司の引き際に、見事に泥を塗った。

後悔をしないように生きているのに、どうしてこう後悔をするんだろうと思う。

今日できること、明日できること。そこに大きな違いはなくとも、明日が来るかは分からない。

なのに人は当たり前に明日を信じていて、当たり前の明日の中に生きている。

今年一年のtetrarchiaを総括するのであれば、まさしくその言葉が当てはまるのだろうと思う。

エンジンをかけ、アクセルを踏み。スロットルを回して、メーターが呼吸を始めた様を見て、手を抜いた部分があることは否めない。

幸いにして、まだまだ明日への興味は尽きない。

年が変わって変わるものなど年号以外にはないわけだが、明日への興味を、今日に投影していきたい。

果てはトラヤヌスのように、この地平線はどこまでも広がっていく。

アレキサンダーはペルシアを制した後も帰郷することなく、最果ての海を目指して進軍を続けた。

ならばこそ、進んでいく道は、おのずと見えている。

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