守備番号4番。その場所を守る選手を、我々はセカンドベースマンと呼ぶ。
これは燕のセカンド山田哲人と愉快な仲間たちの戦いの記録だ。
プロ野球ならではの”負け試合”
かつて近所の公園で野球をしていたとき。
当時小学生だった我々に、一人のご老体が話しかけてきた。
「学生野球こそが至高である」
ご老体は一貫してその主張を繰り返した。
私は隣でその会話を聞いていただけだったが、一緒に野球をしていた同級生は、「プロ野球のほうが面白い」と、反駁していた。
私も同級生に同感だったし、何ならその当時、学生野球なんてものは見たことすらなかった。
ご老体は言う。
「プロ野球は簡単に試合を捨てる。その点学生野球は負けたら終わり。最後まで諦めることがない。だからプロ野球はダメで、学生野球は素晴らしい」
何をおかしなことを言ってるんだと思ったその当時だったが、20年近く経った今でも、その感想は変わらない。
むしろ私は高校野球を見ない。
最後に見た記憶があるのは、それこそ斎藤佑樹と田中将大のあの投げ合いだ。
「日本文理の夏」や、「矢野のバックホーム」、最近だと「金足旋風」など、甲子園の名場面はそれなりに知っているが、それでも高校野球はほとんど見ない。幸か不幸か、出身高校も地区大会決勝にすらいかない弱小校だ。
では、私が学生野球(延いては、アマチュア野球)に惹かれないのはなぜか。ご老体の言葉を借りるなら、こうだ。
「プロ野球は試合を捨てられて、学生野球は負けたら終わり。運の要素に左右されすぎるから」だ。
ところで、皆さんは麻雀を嗜まれるだろうか。
私は多少嗜む。
とはいえ大したことはなく、学生日本代表にお情けで選ばれた程度の腕前だ。
※国際大会ルールの麻雀を知っているのは日本の麻雀人口の1%と言われているので、誰でもなれる。
ギャンブルにも多く用いられるように、麻雀は運の要素が強い競技だが、その実かなり高度な計算力を求められる頭脳スポーツだ。
麻雀に使われるのは、136枚の牌。そのうち14枚の牌で作る組み合わせの数は――算数の苦手な私にはちょっとわからないわけだが。
例えばプロ雀士は、1手ごとに0.数%の確率の計算を繰り返して手役を作っている。
プロテストや、プロの勉強会では、そういった計算問題を繰り返し解き、雀力を鍛えているそうだ。
だが、どんなにその計算力を鍛えたところで、運に抗うことはできない。
最善の手を打ったところで、大きなあがりをされてしまい、逆転ができなくなってしまうことはままある。
そうなってしまえば、どうしようもない。リーグ戦であれば、その試合は捨てて、3位や、2位を目指す試合、あるいは4位が確定していても、点数を稼いでおくという試合も発生しうる。
野球も同じである。
決して、100点差の負け試合をひたむきにやることが無駄だと言っているわけではない。
常識的に考えて敗北が決まったような大差が付けられたとき、「それでも戦略の幅を広げることができる」のが、捨て試合なのだ。
点差は”絶対値”
2022年9月10日 神宮球場 ヤクルト広島戦
結果は7‐15の大敗である。
ヤクルトは3回に――いつぞやの意趣返しのような――12失点を喫し、一時は猛追の6得点を挙げるものの、後が続かず終戦。
ロッテから移籍してきた山本の緊急登板は甲斐なく、今野は2軍調整明けも結果を残せず、力尽きた。
普通に考えれば7点取れば勝っているわけだが、いわゆる「攻守が嚙み合わない」試合だったと評せるかもしれない。
3回時点での最大点差は11点。恐らくベンチは試合を捨てただろう。
ここでは、両軍の”投手の起用法”に注目して、この試合の妙味を導き出したい。
高津監督にとってこの11点差に、勝ち負けは関係なかったかもしれない。
+でも-でもない、「11点差」以外の何物でもなかったのではないか。
翌9月11日は、2位のベイスターズとの直接対決が控えていた。戦力を浪費するくらいであれば、ベイスターズとの直接対決に向けた戦いを求めたはずだ。
現状のヤクルトにとって、1勝は価値あるものだが、1敗にそこまでの重みはない。
まずは両軍の登録投手の数を見てみよう。
ヤクルト | 広島東洋 |
石山 | 森浦 |
清水 | 栗林 |
木澤 | ケムナ |
田口 | 矢崎 |
マクガフ | 島内 |
山本 | 松本 |
大西 | 玉村 |
久保 | ターリー |
今野 | コルニエル |
共に9人の投手がベンチ入りしていた。
では、実際に登板した選手は何人か。
ヤクルト | 広島東洋 |
石山 | 森浦 |
清水 | 栗林 |
木澤 | ケムナ |
田口 | 矢崎 |
マクガフ | 島内 |
山本 | 松本 |
大西 | 玉村 |
久保 | ターリー |
今野 | コルニエル |
ヤクルトは、先発がサイスニ―ド。そして、山本ー今野ー大西。
広島は、先発が野村。そして、島内ー森浦ー松本ーターリーーケムナー矢崎。
この投手起用に、面白い戦略の違いが隠れている。
4回終了5点差 どうして今野が続投したのか
ヤクルトは不運な9失点を背負ったサイスニ―ドを諦め、山本にシフトした。
この時点でヤクルトベンチは、この試合を消化試合と位置付けたことは間違いなく、それは4回に6点を取り、5点差に迫った場面でも変わらなかった。
実はこの日、1軍には既に星が合流していた。(1軍昇格の公示は翌日)
つまり、元々投手の入れ替えを予定していたということだ。
※前日に濱田が出場選手登録を抹消されているが、プロ野球は1軍選手が全員ベンチに入れるわけではない。その辺りは、『出場選手登録』で確認されたし。
サイスニ―ドの降板後、ツーアウトから、左の松山、坂倉が続く場面で投入された左腕山本。
対左打者能力を期待され、坂本とのトレードで入団した山本には絶好の仕事場だったが、松山に左適時打、坂倉に本塁打を浴びる。続く右打者の上本にはプロ初ホームランを献上してしまう。小園でようやくアウトを取る。
次のイニング、右の會澤をセンターフライに打ち取り、次の投手の野村は点差もあり打つ気なしの三振。最後は右の堂林を打ち取り、降板となった。
この時点で山本は、対右打者被打率.250(12打数3被安打2被本塁打)、対左被打率.500(14打数7被安打1被本塁打)。
久保が左キラーとして頭角を現しつつある(対左被打率.140:43打数6被安打)中で、残念ながら山本に居場所はなかった。
その久保は温存し、ヤクルトベンチはここで、山本のテストを行ったというわけだ。
これは大差がついた試合だからこそできることであって、もしも「何点差だろうが諦めずに戦う」のであれば、久保か、田口を出す場面だった。
そしてもうひとつが、6回の今野の続投だ。
5回の登板時から、今野の状態は明らかに悪かった。
四球とボークでピンチを作り、球数を要しながら、おっかなびっくり5回を凌ぐ。
だが、ヤクルトベンチは6回も今野をマウンドに向かわせた。
点差は5点。直前に6点を取った打線の状態を考えれば、逆転も脳裏を掠める点差だ。
ここでがむしゃらに勝利を目指すなら、間違いなく石山(あるいはここも田口)を投入すべきだったと思う。
だが、そうはしなかった。
結局今野は安打を許しながら2アウトまでは踏ん張るものの、四球やワイルドピッチでピンチを広げ、連打を浴びて3点を失った。これがとどめとなり、ヤクルトは敗戦するのだが……
前述のとおり、これは織り込み済みだったのではないかと考えている。
今野は夏場から不振にあえぎ、2軍での再調整から9月2日に復帰した直後だった。
元居た7回のポジションを投げさせるには、まだ不安が残る。
今野が復帰してからの登板は以下の通りだ。
登板日 | 登板回 | 登板時の点差 | 投球回 |
9/2 | 9回 | 5点(リード) | 1回 |
9/4 | 6回 | 5点(ビハインド) | 0回1/3 |
9/7 | 4回 | 3点(ビハインド) | 1回2/3 |
9/10 | 5回 | 5点(ビハインド) | 2回 |
このように、5点程度の点差(9/7の阪神戦は、高梨が3点を失った直後1死満塁からの登板)で登板していることが分かる。
セリーグ最高得点の平均はヤクルトの4.44(9/11時点)なので、5点差は勝ち負け関係なく「ゲームが決まった」試合だ。
つまり今野は復帰後、「勝ち負けが決まった試合でしか投げていない」。
成績度外視で、1軍の試合勘を取り戻している最中と言えよう。
だから、6回の続投が生まれた。
シーズン残りの試合数が限られている中で、今野に与えられるイニングは多くない。
2軍に落としてしまえば、10日間は1軍に上げることができなくなる。
2軍は1軍に比べて試合数が少ない。2軍に置いておけば、投げる機会は減り、状態は悪くなる一方だろう。
一方で、投手ではあまり考えられないケースかもしれないが、1軍の選手は、1軍登録のまま2軍の試合に出ることができる。最悪、1軍に居ながら2軍の試合で調整を行うことが可能なのだ。
今野は昨年の日本一の立役者の一人だ。市川や山本など、他の中継ぎピッチャーの状態も、そう良いというわけではない。実績のある今野を積極的に落とす理由はない。
あるいはこのままの状態が続けば、梅野と最後の椅子を取り合うことになるのかもしれないが。
いずれにしても、残り20試合を切った中で、CS、あるいは日本シリーズを見据えての起用が続いているのではないだろうか。
3対6の投手起用
前もってまとめた通り、この試合で使われた中継ぎの数は、ヤクルトが3、広島が6だ。
これも先ほど出した数字だが、ヤクルトの平均得点は4点台。広島は、5点差に追い上げられた直後はともかく、8点差に引き離した後、1イニングずつ、4人の投手を使う必要はあったのだろうか?
打順の回りもあるだろうが、6回以降は3人、あるいは2人の投手で回すことも可能だったはずだ。
ヤクルトが強い要因には、「敗戦処理」ピッチャーが、「勝利処理」もできてしまうこともあると思う。
例えば先ほど挙げた今野もそうだ。ビハインドでの登板が目立ちがちだが、大差の勝利ゲームや、セーブシチュエーションでの登板もある。
さらにはこの試合にも登場する大西も、敗戦処理も、セットアップも、勝利ゲームでの登板完了もできるピッチャーだ。
一方の広島が後半に投入した中継ぎのうち、ターリー、ケムナ、矢崎は、2桁ホールドをあげている、どちらかと言えば勝ち試合で投げるピッチャーだ。
森浦を序盤に投入せざるを得なかったことは間違いないと思うが、大差の付いた試合で、ホールドも付かないのに、広島ベンチは彼らを投入した。
もちろんそれだけヤクルトの得点力を警戒した采配だったことは間違いないだろうが、誰かに「勝利処理」をさせるわけにはいかなかったのだろうか。
生憎、ヤクルト以外の球団事情には疎いので、広島のベンチワークを全て考察することは叶わないが、ここに、「1試合を制する”戦術”」と、「1シーズンを制する”戦略”」の違いがあるように感じた。
結局、高津監督がどんなに理解不能な采配をしても、最後の最後は「高津の勝ち」なのだ。