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初めてアイルランド音楽を聴いた日から早1年 ~伊達なアイルランド祭り~

ないたー
当時の僕が何を感じたかについては、こちらの記事をご覧ください(宣伝)

 この1年間というもの、すっかりアイルランド音楽が生活の一部になりました。
 その始まりが第1回『伊達なアイルランド祭り』でした。↑の記事に目を留めてくださり、僕をアイルランド音楽の世界に誘った世紀の大恩人が現れるきっかけにもなりました。

 これは今だから書けることですが、「こんなに感動した人間がいたよ!!!!!」ということが主催者に届いたら嬉しいなという期待と、「主催者に届きうるところにこんな記事を置いてしまってもいいのだろうか」という恐怖とが相反する気持ちを抱えながら、緊張で震える指先で記事を公開したことを鮮明に覚えています。
 結果としては、一歩踏み出してよかったと、間違いなくそう言える。それもひとえに大恩人のお陰であります。


 そんな小鹿のような僕が、なぜ今回は早朝から会場に向かったのかというのは単純なお話で、実行委員として運営に携わっていたから、でした。
 そんなわけある?なんで?小鹿なのに?

 さて、前置きが長くなってしまいました。
 まあそういったわけで、せんだいメディアテークに赴きました。

感謝のセンパト、センキュパトリックスデー

 今年の『伊達なアイルランド祭り』記事は、謝辞から始めたいと思います。
 当日会場に足を運んでくださった皆様。本当にありがとうございました。実行委員の端くれとして、心からの感謝を申し上げます。
 楽しかったよね?ね?よかった~。楽しかったですよね。ほーんとに。

 そして実行委員の皆様。先ずはお疲れ様でした。そして本当にお世話になりました。
 皆様には本当に頭が上がりません。

 いや、読者の皆さん、聞いてくださいよ。すごいんすよ、実行委員。
 各方面のその道のプロが集ってるんすよ。観たことないけどアベンジャーズって多分こういう感じ。オールスター。WBC。梁山泊。

 センパトのイベントを仙台でやろうという情熱で集ったメンバーが着々と準備を進めていく様は圧巻でした。こんな表現の仕方は間違っているんですが、「ああ、こんなに想いのこもったイベントだったんなら、そりゃあ去年あれだけ感動するわけだ」とすら思いました。
 独りのリスナーだった小鹿が次の年は運営に携わることができたなんて、とんでもなくすごい贅沢をさせていただけたことに、最大級の感謝申し上げます。センキュパトリックスデー。

 危うく「この場をお借りして」という枕詞をつけそうになりましたが、ここは僕の場でした。

青葉の風が吹き荒れ

 前回の『伊達なアイルランド祭り』と言えば、こればっかりは言い逃れできないくらい寒風が身に染みたことも印象的でした。
 なんと今回も、仙台市内には未明から強風注意報が発令され、午後には暴風警報に切り替わるレベルの風が吹き荒れました。屋内に会場を移したおかげで進行に何ら影響はありませんでしたが、どうやらこのイベントは風と共にあるようです。
 Across the windy fes、ってね。


 会場設営中は、ひと時ものんびりせずあっちこっちと走り回ってみんなで準備に勤しむ感覚に妙に懐かしさを覚えたのが印象的です。吹奏楽を嗜んでいた頃の、本番直前のステージ設営に走り回った記憶が蘇りましたねぇ。
 心地いいですよね。みんな同じ情報を理解していて、ちょっとでも手が空いたら他を手伝いに行けるような視野を共有できてるってのは。

 コミケみたいに、会場設営のタイムラプスをどこかで撮っておけばよかった!と後から思ったりもしたのですが、多分当日悠長にそんなことやってたらビニールテープとかで首を絞められていただろうなという気がします。


 僕は主にステージ設営やマイクの配線なんかを行っていて全貌が見えていなかったのですが、ふと周りを見渡した時に会場中がすっかりセントパトリックスデーな装飾でいっぱいになっており、新鮮に感動しました。
 大枠出来上がるまでものの1時間くらいでしたかね、マンパワーの本気を見たというか。実行委員以外で設営をお手伝いいただいた出演者や関係者の方がたくさんいらしたことももちろん多大な要因となっております。本当にありがとうございました。

 思えば、ちょっと一息付けたのはこの設営の合間くらいでした。
 だが、それがたまらなく楽しすぎる。

かくして祭りは始まる

 始まってからは一瞬だった。それは前回も同じ感覚で、息つく間もなく展開されるステージに圧倒されちゃう。でも今度は運営として一瞬だったなと感じています。長くて短い一日だった。
 転換のたびに時計は目にしていたものの、次のステージは何分からだとかを気にしていると、「おっ、もう15時か~」なんては思わなかったりして、時間間隔が無くなっていくんすよね。

緑色のアイテムを身に着けてお越しください

 わたくし、当日身に纏ったものが全て緑だったわけなんですけど、そんなやつは意外と僕だけ?だったかしら。いやまあ『アイテムを身に着けて』だから、確かに『緑の服を着て』とは書かれてなかったですけども。みんなもっと染まろうよ、にさ。
 実は前回も同じような格好で臨んでいたのですが、寒すぎて黒いジャケットを羽織っていたのでたぶん誰にも気づかれてなかった。

会場

 繰り返しになりますが、今回の会場は「せんだいメディアテーク」でした。
 非仙台市民には凄さがあまりわからないのですが、どうやらすごいことらしい。
 
 ここの何がよかったかって、先ずは気象に影響されないことですよね。来るまでは流石にあれですけど、入ってしまえば。
 客席の環境がいいばかりでなく、ブリジットクロス作成コーナーを設けられたことや、壁やパネルを活用して装飾できたことも素敵でしたね。装飾班の方が大車輪のご活躍でした。

 音響係という当日の役割から振り返りますと、純粋に演奏を聴くというよりは”音”を聴いているに近い感覚でいるような時間もありました。ところがね、それがまたいいんですよね……。
 中高生の時分、文化祭や体育祭でPAの真似事をしていた経験がありまして。演者のステージを最大限良い形で客席に返すという役割には、当時から非常にやりがいを感じていたものです。
 当然、演者の素晴らしいパフォーマンスがあってこその立ち位置ですし、一つミスをするとそのパフォーマンスをダイレクトに妨害してしまう役割でもありますから緊張感はあるんですけどね。

 ……偉そうなことを書きましたが、僕はAD的(?)なことしかできず、当日の音響はPA機材をお持ちの皆様によって運営されました。アザッス。ステージ転換、精一杯やらせていただきました。ハイ。
 色々映像や写真を見返したところ、演者の正面にマイクスタンドを置いてしまっていたり、高さが合ってない感じがしたりと、マイクの配置一つとって考えて動けた部分があったはずだったと反省しています。次回に向けた改善点とさせてください。

ステージ

 つくづく思った。僕も立ちてえと。ああなりてえと。かっこいいなと。
 
 ステージに立つというのは本当にすごいことだと常々思っています。
 それが道端の路上ライブであれ、動画投稿であれ、ライブハウスであれ、プロアマに関わらず、何か自分自身がやっていることを表に立って表現するってのはね。
 だからこそ憧れる。

 これは突然の偏見ですが、特に昨今の世の中は何かを世に出すことに対する目が厳しすぎると感じています。インターネットの弊害ですね。
 僕は割と後ろ向きな人間で、「僕が何か世に出したとて意味があるか?」という気持ちに陥ってしまいがちなのですが、それは正しくはないということに気づいたのは割とここ数年のことです。
 誰がどう見るだろうかではなく、自分がどうしたいかが先にあるべきだと。
 
 プログラムが進んでいく間、アイリッシュな音楽やダンスに触れ続けられた至福の時間でした。
 それに加えて今年は、「やってみてえ」と前向きなエネルギーを感じ続けた時間でした。
 なんかぽえみーになっちゃった。

東北アイリッシュ合同バンド

 前回の個人的イチオシプログラムは、前実行委員長の挨拶と観客参加型セッションでした。
 今回は間違いなくこれ。本当に良い企画でした。本当に良かった。
 東北のアイリッシュの拠点と言える仙台のプレイヤーを中心に、青森、秋田、岩手、山形、福島、新潟のプレイヤーが終結したビッグバンド。B編成かよってくらいステージに人が上がりました。
 
 先に「やってみてえ」とか書いたのですが、その機会を当日中に実行委員の皆様と作り上げられたこと、今振り返っても喜び一入です。
 またまた私事で恐縮ですが、最後に楽器の奏者としてステージに立ったのはおおよそ10年前のこと。以来初の演奏のためにお客さんを前に立ったとき、思わず胸が震えました。
 
 福島からは僕を含めて3名で登壇させていただけたこともまた、前回からは信じられないポイントの一つと言えます。巡り巡って福島のアイリッシュプレイヤーとも出会えた、そんな喜びも噛みしめながらの演奏でした。
 
 福島から曲出しさせていただいた『Ross Memorial Hospital』でしたが、皆さんいかがでしたかね。僭越ながら頭出しもさせていただいて。盛大に転けましたけれども。
え?その曲スコティッシュじゃないかって?まあまあまあまあまあまあまあ。あるって。そういうことも。あるから。あるってば。な。ほら、プログラムももう終わるから

 しかしこれだけの編成のアイリッシュ音楽のステージも類稀なるものでしょうから、客席から聞けた人は羨ましいですねぇ。こればっかりは身体がもう一つ欲しかった。

自失 (読み)ジシツ [名詞]われを忘れて、ぼんやりすること。

 表題はコトバンクから引用しました。
 こうして、今年の『伊達なアイルランド祭り』は終幕へと向かっていったのでした。
 
 例によって、書き足りていないことがわんさかありますが、これ以上書くと僕がいつこの記事を公開するかわからなくなりそうなので、このあたりにしといてやります。
 当日からもう3週間が経とうとしていることも俄かには信じがたく、さすがにあまりにも自失しすぎました。翌日にこの記事を出したかったんですが。

 あと、当日の写真を撮ってなさすぎて、記事内に貼る写真が無かった。
 どっかに行ったときの記事は写真を載せるというポリシーがあったのですが潰えてしまった。


 当日の様子については、ぜひ公式ダイジェストムービーをご覧ください。


 前回の『伊達なアイルランド祭り』が僕に衝撃を持って受け止められたように、今回のお祭りが誰かにとってのきっかけになっていることを祈るばかりです。
 怖くないよ。そこの君。

 余談ですが、これを書いている最中にiPhoneが文鎮状態になってしまい、涙が滂沱として流れています。
 ではまた。

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