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【資格:新人に限る】海辺のカフカ:村上春樹

文字の書いてあるものは、どんなものでも面白い。

書き物をしている私が、ついに村上春樹処女を脱したというハナシ

高校生のときにすれ違った『村上春樹』

「スパナ」

高校1年生の現代国語。チャイムが鳴るなり教壇の上を悩むように数往復してから、初老の教師はそう言った。

彼は普段からそういう男で、塾の教師からは「試験対策の立てられない先生」ということで有名だったらしい。

彼が退職後、趣味に関する研究をまとめた1冊の本を出版し、それは界隈から一定の評価を得たことは、私を含めた数名の教え子の中では有名だ。

先生のサインの入った同著を持っているのは、恐らくこの世界で私を含めた数名だろうということを、ここにひっそりと追記しておきたいと思う。

そして彼は何かを呟くように、されど教室中に通るように諳んじ、何かを叩き潰すようなオノマトペで締める。

意味が分からない。

それが、私と村上春樹の出会いである。

『ハルキスト』の皆様はご承知の通り、「スパナ」とは、村上春樹の作品である。

初老の、当年で定年を迎える、およそ怖いものなど知らない自由な教師は、謎を掛けるように「スパナ」を配った。もちろん工具ではない。作品の印刷された、プリントをである。

彼は既に、文豪であった。毎年ノーベル文学賞の候補と騒がれ、毎年受賞しないことがニュースになっていた。それは、その年とて同じことだった。

そして私はその7年後に『海辺のカフカ』の上下巻を書店の本棚から引き抜き、あわせて手に取ることになる。

私がそれを読み始め、読了に至るのは、そのさらに1年後の話である。

物書きをしていて、好きな作家は「チャンドラー」。

ならばなぜ、村上春樹を未読でいられようか?

(ところで、『村上春樹は訳本をすら自らのものに書き換えてしまうほどの世界観を持つ』と聞いて、チャンドラーの訳は全て清水俊二氏のものを読んでいる。これは単純に、氏の古風な訳が好きという理由もある。)

そう思った私は、紀伊国屋書店で適当な村上春樹を探し、目についた中で一番古そうな、『海辺のカフカ』上下巻を手に取った。上下を合わせて買うことには、微塵の躊躇もなかった。

村上春樹についてそれまでに得ていた情報は、こうだ。

  • 文豪である
  • 酒が好きである
  • 女――より具体的に言えば”色”――が好きである
  • 音楽が好きである
  • ノルウェーの森ではなくノルウェイの森

概ね偏見の集合体だった。

だから初めてページを開いたときに、主人公が少年だったのには驚いた――酒も飲めないし、女も抱けなではないか!――し、読み進めてすぐにSF的な展開が出てきたことにも驚いた。

けれど上巻の半ばくらいから、その奇怪な展開にページを捲る手が止まらない。

この本を読むためだけに、この1週間を費やしたと言っても過言ではない。

おかげで自分の執筆や、サイトの更新も全然進まなかった。

私はこの作品を研究しているわけでもないし、つい先ほど1週目を終えたばかりなので、深い考察は顕学にお任せすることとし、導入と、この物語を手に取ってほしい人を考える。

こんにちは、カラスくん(導入とあらすじ)

上巻を開くと、突然ヘッダーに装飾がなされ、太字の文字で塗りつぶされたページが私を迎える。

「カラスと呼ばれる少年」は、彼をどこかに誘おうとする。

舞台は現代日本。時代背景は、およそ平成初期から中期くらい。スマートフォンというものは、まだこの世には存在しないようだ。

突然始まる少年の家出を軸に、現在と、過去と、あるいは未来と、精神世界が交錯する。

極めて現実的な洞察から始まる物語は、いつしか自然な精神世界の中へと引き込まれていく。

いくつかの謎の答えは物語の中で提示されないし、あるいは物語の中心となる謎の解すらも示唆的な答えの提示があるだけである。

性的な描写が多いのは、村上春樹の噂にたがわぬところであったが、秘めるべき描写を秘めず、自然にかつ生々しく描写し、それでいて物語の流れを損なわせないことの難しさは、文章を書く者にしか分からない技術なのかもしれない。

ただこれを読んだだけの人間が「卑猥である」と一蹴することの哀しさを感じさせるものだろう。

すべてが交差する場所として選ばれたのは、四国。

舞台が展開される中心は、資産家の家屋を改装した私立図書館だが、時折現れる四国の情景を浮かべることができると、より物語を楽しめるかもしれない。

文豪の傑作について、駄文を連ね、身のない賛辞を送ることは、かえって傑作の品位を貶めかねない。

あとは顕学の研究や、次の読者自身の感性に任せるとしよう。

この本がおすすめな人

  • ハルキスト(だが、恐らく君はもうこの本を持っている)
  • 平成前期~中期の雰囲気が好きな人
  • グロOKな人(一部グロい表現の部分があります。細部読み飛ばしても内容は理解できるレベル)
  • エロOKな人(かなり物語の根幹に関わります)
  • ソフォクレスの『オイディプス王』が好きな人(絶対好き)

まとめてて思ったけど、『オイディプス王』にインスピレーションを受けてそうな作品ですね。
物語内でも、『オイディプス王』についての考察が行われています。

おっといけない、また余計なことを書いてしまった。

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